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加茂師「信心」より

今日は「浄土真宗・信心」を読ませていただきました。

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 隣りの家へゆくような心持に、お浄土へ参る心持になられたら

 よいがと思うても、そうはなられません。凡夫は、ほんまのと

 ころ、何にも分りません。分らぬままに、ただ一つ、阿弥陀さ

 まの「助けるぞ」との、「および声」を、ほんまにさせてもら

 うのです。

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(加茂仰順師「浄土真宗・信心」P78)

信心獲得するということは、後生はっきりすることだと思ってお

りました。阿弥陀仏の本願一つ、まことと聞かせていただくだけ

であることを教えていただきました。

            こすたん
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御廻向の信心

今日も加茂師の本を読ませていただきました。

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 汝よ、そなたを助けるために来たぞ、汝よと呼びかけて下さ

 る。これがお救いである。これを御廻向と仰せらるるのであ

 る。

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      (加茂仰順師「親鸞・御名を聞く」P24)

私一人を呼んで下さっている阿弥陀仏です。私一人がためと

聞かせていただきたいと思います。

              こすたん
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愚者に帰りて信ずる法

加茂師の本から、今日も引かせていただきます。

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 ことに「浄土の法文は愚者に帰りて信ずる法なり」

 と訓えられている。・・(中略)

 憶うに愚者とは念仏者の別名である。我等はすでに

 「愚者であって智者」の如く思い上って永劫流転し

 て来たのである。

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    (加茂仰順師「親鸞・御名を聞く」P13)

愚者とは私のことであると思わずにおれません。

わが身が愚者であることが分からず、迷い苦しんで来た

ことを知らされます。

南無阿弥陀仏の六字をいただくことによってのみ、愚者

と知らせていただくことができます。

南無阿弥陀仏を聞かせていただきたいと思います。

            こすたん
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加茂師「親鸞・御名を聞く」より②

加茂仰順師「親鸞・御名を聞く」より、少し引かせて

いただきます。

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 往生一定とは自分の心にそのように思うことでも、思え

 たことでもありません。「名号を受ける者を必ず生れさ

 せる」とのお誓いの聞き受けられたことであります。

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       (加茂仰順師「親鸞・御名を聞く」P1)

(以下、こすたんの思いです)

往生一定の身になれば、心でそのように思うことだと

どうしても思っておりました。

しかし、往生一定とはそのような心の思いぶりとは一

切関係ないのですね。

弥陀の本願を聞き受ける以外にないことをよくよく確

認したいと思います。

              こすたん
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加茂師「親鸞・御名を聞く」より

加茂仰順師のお言葉は私の胸に響きます。

以下、少し引かせていただきます。

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 信の一念とは、時節の到来であります。

 だからまた、信の一念は、私は信を得たというように、

 自心に執えられるべきものではありません。

 もし信を固執して、その有無を語るならば、その信は

 「自分の信念」とか「私の信仰」とかいわれているも

 のと区別のつかないものとなります。それはつまり、

 「定散の自心」であります。

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       (加茂仰順師・「親鸞・御名を聞く」P2)

定散の自心にこだわっていた自分を知らされます。

ただ弥陀の本願を聞かせていただく以外にありません。

                 こすたん
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報土因果顕誓願

正信げの、曇鸞大師のところです。

ここの意味を、昨年、教えていただきました。

「私たちを正定じゅの身に救うという弥陀の本願に

よって、阿弥陀仏の極楽浄土はできあがっている」

阿弥陀仏の浄土も、私たちを救わんという弥陀の本

願がつくったものだということでしょう。

感動いたしました。全ては弥陀の本願が出発点だと

いうことだと分かりました。

             こすたん
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弥陀に救われること

阿弥陀仏に救われることが、今、現実にある。

このこと一つも、これまで思っていませんでした。

「聞いていれば、仏縁になる」

「聞いていれば、死ぬまでには、阿弥陀仏が救って

下さる」・・。

しかし、死ぬまでとは言っても、死は現在に触れあ

っております。

現在、弥陀は私一人を救おうとかかりはてて下さっ

ている。

弥陀の本願を聞かせていただきたいと思います。

             こすたん
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加茂師「信心」より

おはようございます。

加茂師の「浄土真宗 信心」より、私の好きなところを

抜粋させていただきます。

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この真実を受けよ。受けたら助けるという交換条件

ではありません。受けさせねばおかぬとの真実であ

ります。いとし子に、「母ちゃんと言え」の母心は、

言わしめねばおかぬとは、母心を受けしめねばおか

ぬとの母みずからの絶対のちからであります。

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(加茂仰順師「浄土真宗 信心」P13~14)

母心にたとえて教えてくださっているこの箇所は、私の

心に強く残ります。

弥陀の本願力一つで救われることを知らせていただきた

いと思います。

                こすたん
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こすたんの一日

阿弥陀仏の救いを聞かせていただいております。

はかない人生で、このように、弥陀の救いを聞かせて

いただけることは、この上ない幸せだと感じておりま

す。

こすたんは昨日も今日も、弥陀の本願を聞かせていた

だくご縁にめぐまれました。

有難や、ありがたや。。

              こすたん

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Author:こすたんロシュ
こすたんとロシュです。
有難くも弥陀の本願を聞かせていただいております。
日々の思いを皆様と共有していきたく思います。

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